2007年03月13日

上杉謙信の死

もうすこし生きていれば時代は、どう動いたのでしょう?


上杉謙信の死


1530年に越後守護代長尾為景の子として生まれた上杉謙信。彼は虎千代、景虎、輝虎という名から、70年に入道して謙信と名乗った。48年には家督を継ぎ、越後を統一。53〜64年に武田信玄と5回にわたって闘った川中島の合戦は特に有名だが、勝敗は決しなかった。61年には上関東管領上杉憲政を継ぎ関東管領となる。76年に上洛した織田信長に追われて備前に亡命していた将軍足利義昭から「武田・北条と和睦し、安芸の毛利、摂津の石山本願寺、大和の松永と呼応して入京し、信長を討って将軍家を再興されたい」という密書を受け取り、能登の七尾城に猛攻を開始。翌年9月には開城させ、北陸を制覇。将軍義昭の命を奉じて毛利氏と連合、信長に迫ろうとしていた。しかし、その寸前の78年3月13日、謙信は春日山で病死。49歳だった。





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posted by モヒ at 07:27| 和歌山 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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